大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所会津若松支部 昭和45年(ワ)226号 判決 1973年9月13日

原告

佐藤熊次

ほか一名

被告

穴沢建設株式会社

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、各金一四五万四、〇六二円およびこれに対する昭和四六年一月二三日より完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求は、いずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

(一)  被告は、原告ら各自に対し、金三四四万八、六六〇円および内金一五〇万円に対する昭和四六年一月二三日より、内金一九四万八、六六〇円に対する昭和四八年一月一九日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  事故の発生

原告らの長男訴外佐藤郁夫(当時三〇才)は、昭和四四年一一月五日午前一一時五〇分ごろ、福島県耶麻郡猪苗代町字不動地内猪苗代町営牧場付近道路において、道路工事に従事中、被告穴沢建設株式会社従業員訴外佐藤幸久運転のタイヤローラー(福島九す三三三号)に轢過され、そのころ、同所において頭蓋骨陥没骨折および脳損傷により死亡した。(以下本件事故という。)

(二)  責任原因

訴外佐藤幸久は、本件事故直前、タイヤローラーを運転し始めた際、前方に訴外佐藤郁夫ほか一名がゆつくりと歩いていたのを認めていたのであるから、前方を注視し、その安全を確認してタイヤローラーを運転していくべき注意義務があつたのに、これを怠つた過失により本件事故を発生させたものである。そして、被告は、右タイヤローラーを所有し、自己の営業のために訴外佐藤幸久をしてこれを運行の用に供していたものであるから、原告らの蒙つた後記損害につき自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)三条本文による責任を負う。

(三)  原告らの蒙つた損害

1 訴外亡佐藤郁夫の相続人としての損害

(1) 原告らは、同訴外人の相続人(父母)である。

(2) 同訴外人は、本件事故により金七八九万七、三二〇円の得べかりし利益(労働者災害補償保険年金算出の基礎となる同訴外人の平均賃金日額金一、五三〇円をもとにホフマン式計算方法により算出)を失なつた。

(3) 同訴外人の死亡による慰藉料は金二〇〇万円が相当である。

(4) 従つて、原告らは、右訴外人の得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権および慰藉料請求権を相続分に応じ各二分の一宛相続した。

2 原告ら固有の損害

原告らは、右訴外人の死亡により著しい精神的打撃を受けたが、その慰藉料は各自各一〇〇万円が相当である。

(四)  損害の一部填補

原告らの被告に対する損害賠償請求権は、各自金五九四万八、六六〇円となるところ、原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下自賠責保険という。)から各自金二五〇万円宛受領しているので、被告に請求し得る金額は各自金三四四万八、六六〇円となる。

(五)  よつて、被告は、原告ら各自に対し、右金三四四万八、六六〇円および内金一五〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年一月二三日より、内金一九四万八、六六〇円に対する昭和四八年一月一九日より各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払い義務があることが明らかである。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因一(一)ないし(四)の各事実はいずれも認める。

三  抗弁

(一)  本件事故発生については、訴外亡佐藤郁夫に六割ないし七割の過失がある。すなわち、被告は、昭和四四年一〇月三〇日福島県知事との契約により、同県耶麻郡猪苗代町大字長田字長田地内林道上野原線舗装新設(森林土木課)委託工事を請負い、本件事故前、右事故現場において、訴外佐藤幸久運転のタイヤローラーを使つてアスフアルトコンクリート(以下アスコンという。)の取付道路の展圧工事をしていたものである。他方、訴外亡佐藤郁夫は、右事故前、同所でレーキマン(ダンプカーから降ろされたアスコンをフイニツシヤー車のあとにつきならす人夫)として、右取付道路工事のアスコンならしをしたのち、三・四メートル先にあるマイクロバスまで昼食をとりにいくため、右事故現場付近を訴外新妻正続と後先になつて歩行していたものであるが、レーキマンとしては、当時一一月でみぞれが降る天気であつたのだから、自分達のならしたアスコンの温度が下らないうちに(つまり、アスコンの温度が下ると、タールが固まり、ローラーの効果がなくなる。)、タイヤローラーが展圧のため作動するのを充分知つており、かつ、これが毎時五キロメートルの速度でギヤーをローに入れ、大きな音をたてて右工事現場の展圧の作業にとりかかり、自分達の後ろから迫つてくるのに気が付いていたのに拘らず、訴外新妻とともに、右展圧工事を妨害するようにタイヤローラーの直前左側を歩行していたもので、タイヤーローラーが自分達の二・三メートル後ろにきて警笛を鳴らすまで避難しようとせず、右警笛に驚ろくというよりは、右運転手が友人であつたため、ふざけた気持で軽業師のように、別紙見取図<1>点より<2>点に移り、タイヤローラーの行き過ぎるのを待つているうち、避難した<2>点の足場が砕石砂利の敷かれた幅三〇センチメートルの崩れ易い軟弱な路盤肩であつたことから自分で足を滑らし転倒して本件事故を引き起したものである。したがつて、右の事実からして、訴外亡佐藤郁夫の過失は次の点にみることができる。第一に、同訴外人は、レーキマンとして、アスフアルトの工事工程の中で、タイヤローラーが仕上げる前の段階のアスコンならしの人夫を長くしていたこと、本件事故当時は一一月でみぞれが降り、気温が低く、アスコンの温度(コールタールの温度) がすぐ冷め易い状態にあつたこと、アスコンの温度が高いうちに、ローラーの仕上げをしないと、レーキマンの仕事が無に終り、ローラーの効果があがらないことを経験で十分知つていたこと、そのため、昼食時ではあつたが、タイヤローラーが展圧のため作動し始め、自分達のすぐ後ろから展圧して迫つてきたことに気付いていたこと、タイヤローラーの速度が毎時五キロメートルで遅かつたので、これが直前にきても十分避難できることを知つていたので、横着をきめこみ、警笛が鳴らされるまでの間、その進路をさえぎるように前記展圧現場の左側を歩行していたことに油断すなわち不注意を見出すことができる。第二に右訴外人の避難行為自体にも過失がある。すなわち、同訴外人は、別紙見取図記載のとおり、約二・六メートルの土手を駈け降りても、また、雑草原に飛び降りても、なんら身に危険が発生することはなかつたのに、このような方法をとらず、<1>点から路肩の約三〇センチメートルあつた路盤肩におり立ち、無理に、タイヤローラーの行き過ぎるのを待つて自分で足を滑らせ転倒したものであつて、当時、その足場が悪かつたのはレーキマンとして百も承知のことであつたうえ、避難場所を選択する余裕があつたものと考えられるので、そこに、右訴外人の不注意があつたといわなければならない。よつて、本件損害賠償額を算定するに当つては、右訴外人の前記過失割合を斟酌する必要がある。そこで、原告ら主張にかかる損害額一人当り金五九四万八、六六〇円を、右事故発生に関する同訴外人の過失六割、訴外佐藤幸久の過失四割として過失相殺すると、原告ら一人当りの損害額は金二三七万九、四六四円となるところ、被告は、原告ら一人当りにつき、自賠責保険金二五〇万円および葬祭料金五万円計金二五五万円を各支払つているから、それを損害額と差引計算すると、原告らに対し、一人当り金一七万〇、五三六円の超過払いをしていることが明らかであるから、本件損害賠償義務を負担すべきいわれは全くない。

(二)  仮りに、本件事故発生につき、訴外亡佐藤郁夫に三割、訴外佐藤幸久に七割の各過失があつたものとして過失相殺すれば、原告ら一人当りの損害額は金四一六万四、〇六二円となり、これより前記既払分金二五五万円を控除すると、その残額は金一六一万四、〇六二円となる。しかるに、被告は、訴外亡佐藤郁夫に対し、自賠責保険のほか労働者災害補償保険(以下労災保険という。)を適用し、原告らはすでに労災保険による遺族補償年金を受領するばかりにその手続をすましている。これによると、遺族補償年金を受領しうる年令は、満六〇才であるが、自賠責保険との関係で、自賠責保険金を受領した場合は、その後三年間年金支給を停止される法律の定めがあり、結局原告佐藤熊次は昭和四七年一一月四日より、原告佐藤ハルノは昭和四九年三月四日より右年金が支給されるものである。労災保険適用によれば、右訴外人の平均賃金は一日金一、五三〇円と認定され、原告らが支給される右年金の年額は、原告ら一人当り金約一七五万五、〇〇〇円となる。原告らの右支給時の平均余命をみると、昭和三五年度厚生省大臣官房統計調査部刊行第一一回生命表によれば、原告佐藤熊次の右支給時(満六二才)の男子平均余命は一三・五〇年であり、原告佐藤ハルノの右支給時(満六〇才)の女子平均余命は一四・八四年となる。してみると、原告佐藤熊次は、金二三六万二、五〇〇円、原告佐藤ハルノは金二五九万七、〇〇〇円の各年金の支給が国家から補償されているといわなければならない。そして、労働基準法八四条二項によれば、労災保険から補償される場合、同一事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れると規定するので、本件において被告はすでに超過払いとなり、原告らに対し本件損害賠償義務を負担すべき理由は全くない。

四  抗弁に対する認否

(一)  抗弁三(一)の事実はいずれも否認する。本件事故は、訴外佐藤幸久の一方的過失によるものであつて、訴外亡佐藤郁夫には全く過失がない。すなわち、訴外佐藤幸久は、本件事故前、右タイヤローラーの運転を開始する当初より、前方を訴外亡佐藤郁夫および訴外新妻正続がゆつくりと歩いていたのを目撃していたのであるから、相当手前から右両人が安全に歩行できるように注意しながらこれを運転すべき注意義務があつたものである。しかるに、訴外佐藤幸久は、これを漫然と運転し、右両人の至近距離に至つて初めてクラクシヨンを鳴らしたため、これに驚ろいた右両人はあわててその場を逃げ出したが、訴外亡佐藤郁夫は右タイヤローラーに接触されて死亡し、訴外新妻正続は同人より右前方約八〇センチメートルを歩行していたので危うく難を逃がれることができたものである。

(二)  抗弁三(二)の事実中、原告らがすでに労災保険による遺族補償年金の受給手続をすませたことは認めるが、その余の事実はいずれも否認する。原告らが受くべき労災保険による遺族補償年金は、本件損害賠償額から控除されるべきではない。すなわち、労働者災害補償保険法二〇条の規定の趣旨に照らすと、補償を受けるべき者については、一回的充足しか得られないようになつていることが明らかである。ところで、もし、遺族補償年金を本件損害賠償額から控除すると、次の如き矛盾が生じ遺族の救済が著しく阻害されることになる。まず、遺族は、現在の損害に対し、将来本当に受領できるか否か不明(短命か長命かは予測できない。)である右年金を控除されることになる。次ぎに右年金額は、一定程度上昇することはあつても、インフレ傾向の現在次第に経済的価値が少なくなつていく。また、遺族年金受給予定者が複数いる場合、途中で一部の者が右受給資格を失なうと、損害賠償額を再び計算し直さなければならなくなる。仮りに、右主張がいれられず、右年金を本件損害賠償額から控除し得るとしても、本件口頭弁論終結時において、現に受領した右年金額のみを控除すべきである。ところで、本件にあつては、原告佐藤熊次については昭和四七年一一月まで、原告佐藤ハルノについては昭和四九年三月まで右各年金を支給停止されており、現時点においては、いずれも右年金を受領しておらず、その旨の通知もきていない有様である。したがつて、原告らに対し、控除すべき右年金額は、全く存在していない。もし、原告らの右主張がいずれも認められないとしても、右年金を受給権者の平均余命を基準にして現在額に引き直して控除する場合、右年金額は、本件事故当時における訴外亡佐藤郁夫の平均日額により算定した額、すなわち、年金額金一九万五、四五七円、給付期間、原告佐藤熊次につき昭和四七年一一月以降(一三・五年)、原告佐藤ハルノにつき昭和四九年三月以降(一四・八年)を基準として中間利息を控除して考えるべきである。

五  証拠関係〔略〕

理由

一  原告ら主張の請求の原因一(一)ないし(四)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。右事実によると、本件事故は訴外佐藤幸久の前記過失に起因して発生したもので、右事故により、訴外亡佐藤郁夫は得べかりし利益金七八九万七、三二〇円を喪失し、これと同額の損害を蒙むるとともに、右事故による前記傷害により死亡するに至つたものであるから、この間、甚だしい精神上の苦痛を蒙つたものといわなければならない。そして、同訴外人のこの苦痛に対する慰藉料としては、本件につき認定した諸般の事情を考慮のうえ、金二〇〇万円と算定するのが相当である。そして、同訴外人の実父母である原告らは、その相続人として、同訴外人の右得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権および慰藉料請求権を相続分に応じて金四九四万八、六六〇円宛の割合で相続したものというべきである。また、原告ら固有の慰藉料としては、右認定の諸般の事情を考え合せ、その精神的苦痛を慰藉するには各金七〇万円をもつて相当とする。したがつて、被告は原告らに対し、その蒙つた損害につき自賠法三条本文所定の責任を負うべきである。

二  次に、被告主張の過失相殺の抗弁について判断するに、〔証拠略〕によると、本件事故現場は、県道猪苗代・塩川線から町営牧場および天鏡台に通ずる町道で、その前方左右に対する見通しは良く、その両側に牧場・畑が存在していたこと、ところで、被告は、本件事故当時、その主張のような委託工事請負契約に基づき、右事故現場付近で、従業員訴外佐藤幸久にタイヤローラーを運転させてアスコンの取付道路の展圧工事をさせていたこと、一方、訴外亡佐藤郁夫は、一〇数年ほど前から被告会社に勤務し、右事故当日レーキマンとして、右現場付近でアスコンならしの仕事に従事していたが、レーキマンとしての経験上、当時一一月の季節で気温が低く霙が降つていたこともあつて、アスコンの温度が冷め易い状態にあつたため、タイヤローラーによる展圧の効果を発揮させるためには、アスコンならし終了後できるだけ早くその温度(摂氏七〇ないし八〇度)が下らないうちに、右展圧がなされなければならないことを十分知つていたこと、しかるに、右訴外人は、右アスコンならし終了直後ごろ、同僚訴外新妻正続とともに、約三〇メートル西方(押立方面)に停めてあつたマイクロバスのところまで昼食をとりにいくため、右事故現場付近道路左側を歩き始めたが、そのころ、右タイヤローラーが東方の右取付道路の本道付近より西方に向けて展圧のため作動し始め、毎時約五キロメートルの速度で同人らの後方に接近しつつあつたことを知つており、かつ、あらかじめ避難行為にでることができたにもかかわらず、そのような行為にでることなく、漫然と同人と後先になつて歩き続け、約五メートル後方に迫つてきたタイヤローラーの警笛の音で思わず身の危険を感じ、あわてて左斜め前方に逃げようとしたものの間に合わず、右タイヤローラーの前車輪に接触して死亡するに至つたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。右認定事実によると、訴外亡佐藤郁夫としては、右タイヤローラーが展圧のため後方に迫つてくるであろうことを予見していたものであるから、これが接近して警笛を鳴らすまでの間、避難行為にでるなどして未然に事故の発生を防止すべき注意義務があつたにも拘らずこれを怠り、漫然と右事故現場付近道路左側を歩いていた過失により訴外佐藤幸久の前記過失と競合して本件事故を発生させたものであることが明らかである。そして、訴外亡佐藤郁夫の右過失と前示の訴外佐藤幸久の過失とは、すでに認定した事実からみて右事故発生につき前者が三、後者が七の原因力を有していたものと解するのが相当であるから、これを基準として前記各損害賠償債権額につき過失相殺すると、原告ら一人当りの損害賠償債権額は、相続した得べかりし利益の喪失による右債権額金二七六万四、〇六二円、慰藉料金一一九万円計金三九五万四、〇六二円となるところ、原告らは、すでに自賠責保険により各金二五〇万円を受領(なお、〔証拠略〕によれば、原告らは、右保険金のほか、被告より葬祭費用として各金五万円をそれぞれ受領したことが認められるけれども、これは、原告らの前記固有の慰藉料を算定するにあたつて考慮した。)しており、〔証拠略〕によれば、右保険金の査定の内容がその七〇パーセントが労災保険に代るもの、五パーセントが葬祭費用、二五パーセントが慰藉料であつたことが認められるので、右査定内容を債務者の指定による充当類似のものと考え、民法四八八条を類推適用して右各保険金二五〇万円のうち、各金一七五万円が右各相続による得べかりし利益の喪失による右債権額に、各金七五万円が右各慰藉料に充当されたものと認めるのが相当である。そうすると、原告らの被告に対する右債権額は、一人当り、右各相続による得べかりし利益の喪失による右債権額金一〇一万四、〇六二円および慰藉料金四四万円計金一四五万四、〇六二円となる。

三  ところで、原告らがすでに本件事故について労災保険による遺族補償年金の受給手続をすませたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、原告らは、右労働基準監督署長より昭和四五年三月二五日その旨の給付決定を受けたが、すでに前記の如き査定内容で自賠責保険金を受領したことおよび原告佐藤ハルノが右年金受給資格年令満六〇才に達していなかつたことから、同月二七日一定期間右年金の支給を停止する旨の決定を受け、結局原告佐藤熊次(明治四三年三月二〇日生)は昭和四七年一二月一日より、原告佐藤ハルノ(大正三年三月五日生)は昭和四九年四月一日より、それぞれ二月、五月、八月、一一月の四期に分けて遺族補償年金を各支給されることとなつたこと、そして、訴外亡佐藤郁夫の労働基準法一二条に基づく給付基礎日額は金一、五三〇円(円未満切上げ)と認定されたので、原告佐藤熊次が昭和四七年一二月一日より支給される右年金額は金二二万一、一四六円(1,530円×365日×25/100(旧法基本額)×5/100(旧法加算額)×132/100(労働者災害補償保険法付則16条41条に基づくスライド分)=221,146円(円未満切捨て))となり、また、原告らが昭和四九年四月一日より支給される右年金額は金三三万一、七一九円(1,530円×365日×45/100(同法別表に基づく2人分の基本給)×132/100(前記スライド分・ただしこれを固定したものとして計算)=331,719円(円未満切捨て))となることが認められ、これを左右するに足る証拠はない。そして、厚生省大臣官房統計調査部刊行の第一二回生命表(昭和四五年)によれば、満六二才(原告佐藤熊次の右年金受給開始時の年令)の男子の平均余命は一三・八二才であり、満六〇才(原告佐藤ハルノの右年金受給開始時の年令)の女子の平均余命は一八・四二才とされているから、原告らは少なくとも右各平均余命期間中右年金を受領しうることが予定されているということができる。この点に関し、被告は、労働者災害補償保険法に基づき将来受領すべき遺族補償年金は前記各損害賠償債権額から控除されるべきである旨主張するので判断するに、元来遺族補償年金は死者に生じた利益とはいえず、受給権者が死者の遺族であるという資格のもとに法律上の規定に基づいてこれを受領するものであるから、死者の逸失利益の算定に当り、損益相殺の理により控除すべき利益に当るものと解することはできないけれども、遺族補償給付請求権と得べかりし利益の喪失による逸失利益賠償請求権とは結局同一同質の損害を填補する目的・機能を有しているので、衡平の理念に照らして、原告らが取得した前記各損害賠償債権額のうち、相続した得べかりし利益の喪失による部分は、すでに受領した右遺族補償年金額の限度で減縮されるもの(ただし、慰藉料の点については、右の遺族補償は精神上の苦痛に対する慰藉までも目的とするものではないから、右逸失利益損害賠償債権額の場合と同様に考えることはできず、ただ慰藉料算定事情として考慮し得るに止まる。)と解するのが相当である。けだし、もし、右のような考えをとらないで、右遺族が遺族補償年金給付請求権を取得しただけで当然右逸失利益損害賠償債権額が減縮するものと考え、あらかじめ、右債権額から将来受領すべき遺族補償年金額を控除すべきものとするならば、すでに確定した遺族補償年金額を受領した場合と異なり、たとえば、右年金受給権を有していた遺族が右受給期間中死亡などすると、その者の右年金受給権は消滅する(同法一六条の四)ことになるので、当該遺族は、短命か長命かにより当初受領すべきものとして予定されていた遺族補償年金額の一部を受領し得なくなる可能性があること、右年金受給権者たる遺族が二人以上いる場合、右期間中、その遺族の数に増減が生ずると、その増減を生じた月の翌月から遺族補償年金額を改めて計算し直さなければならなくなる(同法一六条の三)こと、しかも、右遺族に対し、将来、特定した金額を確実に受領し得るかどうかはつきりしない計数上の前記年金額の範囲内で、一方的に、右逸失利益損害賠償債権額につき分割弁済を認めさせるような結果を招来することなどの不都合が生じてくるのである。このように、将来受領すべき遺族補償年金には極めて不確定・不安定な要素が含まれているばかりでなく、右遺族に対し理由のない不利益を甘受させることにもなりかねないのであつて、右のようにあらかじめの控除を認めることは、右遺族の救済を十分に達成しようとする同法一条、二〇条二項等の規定の趣旨に反し許されないものと解せられるからである。そうだとすると、原告らがいずれも本件最終(第九回)口頭弁論期日までに右遺族補償年金を一銭も受領していないことは〔証拠略〕に徴して明らかであるから、原告らの右逸失利益損害賠償債権額から控除すべき遺族補償年金額は全く存在しないものといわざるを得ない。したがつて、被告の前記主張は、右の理由により、原告らが本件口頭弁論終結後の将来にわたつて受領すべき右年金額の現在価を算出してみるまでもなく、すでに理由なきものとしてこれを排斥するのほかはない。

四  よつて、原告らの被告に対する本訴請求のうち、前記慰藉料各金四四万円、得べかりし利益の喪失による逸失利益損害賠償債権額各金一〇一万四、〇六二円計各金一四五万四、〇六二円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四六年一月二三日より完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分については正当であるからこれを認容するが、その余の部分については失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本朝光)

別紙見取図 <断面図>

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例